これは、たんなる講師や発表の先生の発言をメモしただけではなく、その話を聞いて考えたこと、思ったこと、インスパイヤされて書いたものなども渾然となっています。あらかじめご承知おき下さい。
・「教える」=既にある地を獲得・継承するという考え方。
・現在の教育の方向性=獲得過程を体験する本人が自分で発見し、自立的に蓄積していく。
・リードは「人はその人自身になるように教育されるべきである」「「自己表現」は教えることはできない」「「観察」は訓練される必要がある」「「鑑賞」は教えて発展させられる」
・現代の教育の方向性=経験して知る。後天的に知る。
・日本の図工教育は、反主知主義。
・美術教育の歴史=純粋芸術と有用芸術のせめぎ合い
・「芸術の本質は教育の本質でなくてはならない」エッセンシャリズム シュタイナー 芸術は教えられない 「芸術は芸術によってしか定義されない」
・生活の中で育まれてきた「芸術」 ビジュアルコミュニケーション・ビジュアルリテラシー 社会的状況の重視=contextualism(エッセンシャリズムに対抗する考え)
・3つの学力観(学んだ力achievement、学ぶ力competency、学ぼうとする力learning will(造語):可能態) 学力の3層構造 モザイク状
・可能態=指導資料に旧文部省の西野先生が書いている言葉。
・DBAE知識と技能をどのように応用していくか=competency
・アメリカの流れではまだcompetencyの陰を引きずっているが、integrated leaningなどの流れになってきている。
・指導者の持つ目標(枠組みflaming)と結果のズレ、子どもの期待と実際のズレ
・学習指導要領の分析と題材列の分析と授業化
・ローエンフェルド active knowledge=経験知 造形遊び
・アメリカの到達度調査 ペーパーテスト、実技テスト、人種、親の学歴、親の年収、地域など
・masterly learning
・evaluation、accessment
・norm refference
・この授業をすることで、子どもたちに何を学ばせたいと思ったのか。
・この授業をして、子どもたちに何を伝えたかったの?
・「どちらがいいと思いますか?」→どちらかがよくて、どちらかが悪いということになってしまう。
・学年に応じた、発達段階に応じた、クラスの一人一人の子に応じられる題材設定をしていかなくてはいけない。
・責任を持つことは=自分のことにすること。
・到達度を超えて、達成感に満たされる。
・「なんとなく」と「漠然」というのは、全然違う。
・「洞察」というのは「未来予測」
・発表するとき=まず全体像を聞き手が把握できるようにする手だてが必要になってくる。
・自分たちの絵を描いた作品を他の学校の子どもたちに見てもらう。小さい子でも簡単に閲覧して、コメントが寄せられるようなシステムがあるとうれしい。コメントはワークシートを作って、書いてもらってもいいけど。
・上手という言葉で表現が狭まっていってしまうものと思われる。上手の裏には下手がある。 小さい頃から「うまい」「上手」という言葉をよく子どもたちは聞いている。
・1年生は見たてることは、いい見たてによってよい方向に向かう場合もあるのではないか。
・意図しないところの解釈をしていくことは乱暴であるかも知れない。
・数年の年齢差・個人差がある。
・「うまい・へた」という言葉かけだけでなく、「このままでは小学生になれないよ」「もう幼稚園生ではないんだから」と言われて幼稚園の子どもたちは小学校へ「上がってくる」。ある意味、幼稚園・保育園というものを切り捨てて、脱ぎ捨てて、新しい自分になっていく、新しい環境に精一杯自分を「小学生の生活」という未知の世界に身を委ねていこうとする、そんな壮絶な時期なのだということも含めて、先生がこの授業を通して包み込んでくれたら、引き受けてくれたらと思う。
・これって子ども相互の鑑賞=能動的鑑賞にすべきと終末の学習の振り返りを混同してしまっている発言。
・「好き」「上手」といえば、無意識のうちに「嫌い」「下手」という存在をメッセージとして送ってしまう。
・「うまい」はもう少しいろんな意味が入っている。
・「自己実現の欲求」=絵を描き、ものを作ること。 できたね。いいね。横山剣。
・「最初に結論めいたことを申し上げますと・・・」
